「山門(薬医門形式)」
石段を上って薬医門形式の山門をくぐると正面に宝篋印塔(ほうきょういんとう)が立ち、その脇から参道が延びている。かつては重層の仁王門があったが、明治23年(1890年)近隣の出火により焼失した。
「十二支守り本尊と観音堂」
生まれ年にはそれぞれに守り本尊があると言われている。その人の一生を守り続けてくれる「8体尊像」である。
「観音堂」
観音堂は、入母屋屋根の正面に千鳥破風と唐向拝を施した重厚な佇まいである。元禄10年(1697年)秩父の名匠、藤田徳左衛門により建造された。本尊「聖観世音菩薩」が安置されている。
「観音堂内陣」
観音堂の中へ入ると、左の奥のほうへ、おたすけ観音様が安置されており、悩み、苦しみをおたすけくださるとして、大勢の人々に信仰されている。秩父の札所の多くは堂内での参拝はできないが、四萬部寺は堂内で参拝できる。(許可を得て撮影)
「極楽之図」
観音堂の外部にはさまざまな彫刻が施されている。正面の長押(なげし)の上には、「極楽之図」と「地獄之図」の透かし彫りがある。
「観音堂の裏面」
元禄の建築といわれ、精緻な造り、荘重で気品のある堂宇は、県指定文化財になっており、緑の木立とよく調和してすごく美しい観音堂である。
「経塚本尊の釈迦如来像」
この経塚本尊の釈迦如来像が明治の末に、行方不明になっていたが、70年ぶりに都内銀座で発見された。浄財にて買戻し、経塚も復元されその上に安置された。
「八角輪蔵の施餓鬼堂」
この堂で行われる四万部の施餓鬼は、関東三大施餓鬼の一つとして大変賑わい、古くは三十俵の米を炊き、詰めかけた信者はもとより、多くの乞食たちにも平等に施したものだったと云われている。
秩父札所第1番 誦経山 四萬部寺を動画でご覧ください。
「四萬部寺の御朱印」
「誦経山(ずきょうさん)四萬部寺(しまぶじ)」
宗派/曹洞宗 本尊/聖観世音菩薩
この札所は妙音寺とも称し、秩父札所観音霊場三十四カ所は、ここから始まる。観音堂は元禄10年(1697年)に秩父の名匠、藤田徳左衛門吉久により建造された。この堂は三間四面、表一間に向拝をふした入母屋造りで、昭和33年3月県指定文化財になっている。本尊は「聖観世音菩薩」立像一本造り江戸時代の作である。境内に建つ施餓鬼堂では毎年8月24日、「四萬部寺の大施餓鬼会」が行われる。
撮影日: 2021年08月26日
住所:埼玉県秩父市栃谷418