「玄奘塔(げんじょうとう)山門」
日中戦争で日本軍が南京で発見した「玄奘三蔵法師」の遺骨の一部が、日本仏教会に贈呈された。その遺骨が、十三重の塔に納められている。
「玄奘三蔵法師像と十三重の塔」
西遊記(孫悟空物語)で知られる三蔵法師(玄奘・げんじょう)は、西暦602年に中国に生まれ、経典を求めて、天竺(インド)を志し、数多くの苦しみを克服した。
「山門」
平安時代の創立と伝えられる慈恩寺は、歴代の岩槻城主や幕府の保護を受けた古刹である。
「観音堂(本堂)」
観音堂は文政10年(1827年)に火災になり、その後、天保14年(1843年)に再建された。入母屋造の大屋根が印象的な観音堂である。2016年に屋根の葺き替え修理が行われた。
「南蛮鉄灯籠」
本堂前に立つ南蛮鉄灯籠は、南蛮渡来の鉄で造られた。天正17年(1589年)の造立である。本堂の蛙股(かえるまた)には、七福神の彫刻が施されている。
「本堂外陣」
「おびんずる尊者」が鎮座した外陣があって、ガラス格子に隔てられて内陣がある。天台宗密教の仏堂らしい造りである。
「白馬堂」
宝暦年間(1751年〜1764年)に奉納されたものである。
「開山堂」
慈覚大師(じかくだいし)像が安置されている。慈覚大師が日光山の山頂から「李(すもも)」の実を投げると、この地に落ちて花を咲かせた。「華林山」と言う山号はこれに由来している。
「鐘楼堂」
大銀杏の脇に鐘楼がある。大晦日には、先着108名の参拝者が、除夜の鐘を撞くことができる。
「地蔵尊群」
地蔵菩薩は、「子供の守り神」として信じられている。前掛けをしていて、子供が喜ぶお菓子などが供えられている。一般的に、親しみを込めて「お地蔵さん」、「お地蔵様」と呼んでいる。
坂東札所第12番 華林山・慈恩寺を動画でご覧ください。
「華林山・慈恩寺(慈恩寺観音)の御朱印」
「華林山・慈恩寺」
坂東札所第12番の「慈恩寺(じおんじ)」は、武蔵国(むさしのくに)現在の埼玉県さいたま市岩槻区にある天台宗の寺院である。山号は「華林山(かりんざん)」。本尊は「千手観世音菩薩」である。「慈恩寺観音」とも称される。この寺は、天長年間(824年〜834年)「円仁(えんにん)別名、慈覚大師(じかくだいし)」の開山によって創建されたと伝えられている。昭和17年(1942年)日中戦争時に日本軍が南京で発見した「玄奘(げんじょう)」の遺骨の一部を戦後この寺に安置されることになり、昭和28年(1952年)に十三重の花崗岩(かこうがん)の石組みによる霊骨塔・「玄奘塔」を落成させた。慈恩寺は人形づくりで知られる「岩槻」の市街から5キロメートルほど北の郊外にある。この寺の名を由来して、地名に「慈恩寺」の名が付いている。
撮影日: 2018年7月11日(動画:2022年9月12日)
住所:埼玉県さいたま市岩槻区慈恩寺139