「参道石段」
県の天然記念物の森のなかに、石段の参道が続く。参道入り口には、七福神の「布袋像」が鎮座している。
「楼門(ろうもん)・仁王門」
茅葺きの楼門は、延徳元年(1489年)に着工して、10年を要して完成したものである。
「観音堂(本堂)」
元来室町時代の建造物であったが、江戸初期の火災で焼損してしまった。元禄15年(1702年)に再建されたものである。
「観音堂外陣」
彫刻、彩色など、江戸時代の華やかさが表れている。内陣には、坐像と立像の千手観音菩薩が並んでいる。
「無尽水(聖水)」
弘法大師ゆかりの無尽水(むじんすい)聖水(せいすい)。宗教的に普通の水とは異なり聖なるものとされ、儀式に用いられる水である。
「三重塔」
天文7年(1538年)に西明寺城主「益子家宗」が建立したものと云われている。
「鐘楼」
享保7年(1722年)の建立で、茅葺きの屋根で2層の建築物である。梵鐘は寛文11年(1671年)の鋳造である。
「閻魔堂(えんまどう)」
寛保3年(1743年)に再建された簡素な建造物である。堂内には五体の仏像が並んでいる。
「閻魔堂(えんまどう)の内部」
閻魔大王が口を大きく開けて笑っているのが特徴である。悪童子(左)、閻魔大王(中)、善童子(右)、奪依婆(左奥)、地蔵菩薩(右奥)。五体の仏像が安置されている。
「弘法大師堂」
茅葺きの屋根は修理中である。堂の前面は開放されている。堂内には、約30体の弘法大師像が並べられている。
「高野槙(こうやまき)」
樹高30メートル、樹齢約800年を超える「槙」の巨木である。栃木県の天然記念物に指定されている。
坂東札所第20番 獨鈷山・西明寺を動画でご覧ください。
「獨鈷山・西明寺(益子観音)の御朱印」
「獨鈷山・西明寺」
坂東札所第20番の「西明寺(さいみょうじ)」は、下野国(しもつけのくに)現在の栃木県芳賀郡益子町にある真言宗豊山派の寺院である。山号は「獨鈷山(とっこさん)」。本尊は「十一面観世音菩薩」である。「益子観音」とも称される。天平9年(737年)に、奈良時代の日本の僧、行基が十一面観音を刻み、安置したのが西明寺の始まりと云われている。西明寺は、大治2年(1127年)の兵火によってたびたび焼失したが、宇都宮氏・益子氏の援助によりそのつど再建された。西明寺のある益子町は「益子焼」の町と知られている。益子焼は江戸時代末期、笠間で修行した「大塚啓三郎」が窯を築いたことに始まったと云われている。
撮影日: 2018年10月2日(動画:2022年10月1日)
住所:栃木県芳賀郡益子町大字益子4469