「大御堂と筑波山」
大御堂より筑波山(877メートル)を仰ぐ。延暦元年(782年)「徳溢(とくいつ)上人」が筑波山に登り、荒廃していた山頂の社殿を再建し、中腹に「堂宇(どうう=堂の建物)」を建立したのが始まりと云われている。
「大御堂・本堂」
延暦年間(728〜806年)に弘法大師空海が入山し、千手観音菩薩の像を刻み、真言密教の道場を開いたとされている。寺の名は「知足院中禅寺」といい、神仏習合の霊場として大いに栄えた。明治の神仏分離により廃寺。昭和5年(1930年)再興され仮堂が建てられた。令和2年(2020年)2月新しい本堂が完成した。
「鐘楼堂」
池に面した石垣に建つ鐘楼堂。春には桜が彩りを添える。
「祖師堂」
弘法大師空海が筑波山に入山して1200年になることを記念して、この祖師堂を建立した。
「祈願石」
体の悪い箇所を「祓えたまへ、清めたまへ」と唱えながら、祈願石を「さする」と病気平癒のご利益があるといわれている。
「大御堂の霊木スダジイ」
境内の隅にスダジイ(スダ椎)の巨木が3本生えている。スダジイは、ブナ科シイ属の常緑広葉樹である。夏には涼やかな日陰をつくる。
「筑波山神社の随神門(ずいしんもん)」
大御堂は、現在の筑波山神社の境内にあった。明治初期の神仏分離により、筑波山神社と大御堂は分離された。この壮大な門が、かつての大御堂の仁王門であった。
「筑波山神社・拝殿」
茨城県南西にそびえる筑波山を神体として祀る神社である。筑波山は双耳峰(そうじほう)であり、本殿はその両山頂に1棟ずつ鎮座している。「男体山本殿(標高871メートル)」・「女体山本殿(標高877メートル)」この両本殿を「拝殿(標高270メートル)」より遙拝する。かつては、この拝殿場所に「大御堂」があった。
「ガマ石」
江戸時代、あの筑波山名物「四六のガマの油売り」の「口上(こうじょう)」を考案した「永井兵助」が、この石の前で口上の文句を考えたといわれている。男体山と女体山の稜線の途中にある。なんとなく「ガマガエル」に似ている?
坂東札所第25番 筑波山・大御堂を動画でご覧ください。
「筑波山・大御堂(大御堂観音)の御朱印」
「筑波山・大御堂」
坂東札所第25番の「大御堂(おおみどう)」は、常陸国(ひたちのくに)現在の茨城県つくば市にある真言宗豊山派の寺院である。山号は「筑波山(つくばさん)」。本尊は「千手観世音菩薩」である。「大御堂観音」とも称される。この寺は、東京都文京区大塚にある。真言宗豊山派大本山「護国寺」の別院である。延暦元年(782年)徳溢(とくいつ)上人が筑波山に登り荒廃していた山頂の社殿を再建し、中腹に堂宇を建立したのが始まりと云われている。その後、弘法大師空海が千手観音菩薩像を刻み安置した。江戸時代になると、門前町も発展し、現在も名物になっている「四六のガマの油売り」などが生まれた。
撮影日: 2020年8月29日(動画:2022年09月30日)
住所:茨城県つくば市筑波748