西国札所第11番 上醍醐・准胝堂

深雪山(みゆきさん)

上醍醐・准胝堂(かみだいご・じゅんていどう)

醍醐寺(だいごじ)

西国札所 第11番【深雪山・上醍醐・准胝堂】 | フォトさいたま

「上醍醐・登山口」

ここより、上醍醐まで約1時間の登山道が続く。桜の名所の醍醐寺は、標高450メートルの醍醐山(笠取山)の山頂にかけて広大な地域に位置している。山頂一帯を「上醍醐」山裾を「下醍醐」と称している。


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「女人堂」

昔、上醍醐は、女人禁制だった。女性はここから上醍醐・准胝堂に向かって参拝したことから「女人堂」といわれている。本尊には、山上の准胝観音の分身が祀られている。


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「醍醐水」

平安時代の僧「聖宝(しょうぼう)理源大師」が霊泉「醍醐水」を発見。そのほとりに小さな堂を建立、自刻の准胝観音像を祀った。これが寺の始まりと云われている。醍醐水は、今も湧き出しており、飲むこともできる。


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「准胝堂(観音堂)の跡地」

西国11番札所の「准胝堂(観音堂)」は、平成20年(2008年)、落雷による火災で焼失した。札所本尊の「准胝観世音菩薩坐像」は、下醍醐の観音堂に安置している。再建計画中である。


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「子育て地蔵尊」

准胝堂(観音堂)跡地の横には、子育て地蔵尊と小さな地蔵尊が並んでいる。准胝観音は、子授けや安産などの信仰を集めている。


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「開山堂」

慶長11年(1606年)豊臣秀頼によって再建されたものである。醍醐寺開山の聖宝理源大師像、弘法大師像、醍醐寺第一世座主・観賢僧正像が安置されている。


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「如意輪堂」

如意輪堂は、醍醐寺開山の聖宝理源大師が上醍醐を開山したとき、准胝堂と共に建立したものである。本尊・如意輪観世音菩薩が祀られている。


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「五大堂」

現存の堂は、昭和15年(1940年)の再建されたものである。「不動明王、後三世夜叉明王、軍茶里夜叉明王、大威徳明王、金剛夜叉明王」の五大明王像が祀られている。五大堂前には、醍醐寺を開山した「聖徳理源大師像」(中央)が鎮座している。


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「清龍宮拝殿」

清龍宮拝殿(国宝)は、室町時代の建物である。寝殿造りの手法を生かした気品のある風格を備えている。


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「清龍宮本殿」

清龍宮本殿は、国の重要文化財に指定されている。清龍宮は、弘法大師が唐・長安の青龍寺から勧請した、密教の守護神を祀った醍醐寺の鎮守社である。


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「薬師堂」

現存の堂は、保安2年(1121年)に再建さてたものである。内部には、「閻魔天像、帝釈天像、千手観音像」などを安置していたが、現在は下醍醐の霊宝館に移された。


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「下醍醐(観音堂)」

昭和5年(1930年)建立。本尊・阿弥陀如来坐像が祀られている。現在は、落雷で焼失した上醍醐の准胝堂の西国札所が仮に移されている。堂内に納経所(御朱印所)がある。


西国札所第11番 深雪山・上醍醐・准胝堂(醍醐寺)を動画でご覧ください。


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「深雪山・上醍醐・准胝堂(醍醐寺)の御朱印」


「深雪山・上醍醐・准胝堂(醍醐寺)」

西国札所第11番の「上醍醐・准胝堂(かみだいご・じゅんていどう)」は、山城國(やましろのくに)現在の京都府京都市伏見区醍醐東大路町にある、真言宗醍醐派の寺院である。山号は「深雪山(みゆきさん)」。本尊は「准胝観世音菩薩」である。通称「醍醐寺(だいごじ)」とも称される。貞観16年(874年)、空海の孫弟子にあたる「聖宝(しょうぼう=平安時代の僧)」が准胝観音を笠取山山頂に祀って「醍醐山」と名付けたのが始まりと云われている。醍醐寺は、豊臣秀吉が豪勢な花見「醍醐の花見」を催したことでも知られている桜の名所である。醍醐寺は山深い醍醐山(笠取山=標高450m)山頂上一帯(上醍醐)を中心に多くの修験者の霊場として発展した。後に醍醐天皇の御願寺となり、圧倒的な財力によって、醍醐山の麓「下醍醐」の広大な平地に大伽藍(がらん=寺院の建物)が発展することになった。西国三十三ヶ所第11番札所は、上醍醐の「准胝堂」である。西国一険しい札所として知られている。上り口にはかつて女人禁制であったことから、女人堂が置かれ、そこから険しい山あいを約1時間の道程となる。准胝堂は、平成20年(2008年)の落雷によって焼失してしまった。


西国札所 第11番【深雪山・上醍醐・准胝堂(醍醐寺)】 境内マップ| フォトさいたま


西国札所 第11番【深雪山・上醍醐・准胝堂(醍醐寺)】 | フォトさいたま


撮影日:

住所:京都府京都市伏見区醍醐東大路町22